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アントレ・ラボ メールマガジン 
( 第29号 ) 2016年3月7日(月)

本メールマガジンは第1・第3月曜日の配信しております。
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< 内容目次 >

1.エッセイ

◆休息

仲津定宏(株式会社アントレ・ラボコーポレーション 代表取締役)

2.定期連載

◆「昔も今もこれからも」(第4回)口が無ければいい

広沢 曄夫(応用工学研究所 所長)

 

1.エッセイ

◆休息

仲津定宏(株式会社アントレ・ラボコーポレーション 代表取締役)

 先週の朝ラボ勉強会を行う中で、ある参加者から私はマグロみたいに休まず、走り続けるタイプであるという話がありました。確かにマグロのように常に走り続けているというのはよく言われますし、自分自身でもそう認識しておりました。

 ただ1年に1回だけ、私にとって休息に近い形で活動のペース・スピードを落としている時期があります。それは花粉症の時期です。この時期は薬のせいもありますし、アレルギーによって身体と頭の働きも少しダウンします。そのため頭で動きたいとわかっていても動けない時期になります。実は昨日も風邪を引いた時以外寝た事のない時間から、今朝もゆっくりと休みました。おかげで頭がとてもスッキリして気持ちの良い朝を過ごしています。

 こうしてみると、常に走り続けているようで、やはり休息は必要だとあらためて思いました。これは身体にとってもそうですし、頭を休めることも同様です。常に走り続けていると、何かを追いかけているつもりがいつのまにか追われているようになってきます。

 そういう時こそ、あえて休みをとって立ち止まることも必要なのかもしれません。

もしかしたら疲れていないと思っていても敢えて休むことも必要なのかもしれません。休みを取ることで、身体や頭がリフレッシュされるだけでなく、客観的に自分のポジションをとらえることができるように思います。

 休み明け、いい意味でスロースタートしつつ、自分の一番好きな時期をピークにできるように少しずつ今から進んでいきたいと思います。

 皆さんにとっての休息シーズンや時間はいつですか?もし走り続けていると思っているようでしたら、1日でもいいので少し立ち止まる時間を作るのをおススメします。そうすると普段見えないもの、考えられないものが見えてくるかもしれません。

 

2.定期連載

◆「昔も今もこれからも」(第4回)口が無ければいい

広沢 曄夫(応用工学研究所 所長)

人間には言葉があり、口がある。幼いころ原っぱや道端に動いている小さな虫を一人でじっと見ているのが好きだった。ほかの動物には言葉に代わる情報交換や意思伝達の方法があるのかどうかは知らないが、犬や猫などの動物を見ていると、その目がものを言っているようだ。人間もまだ幼い頃の眼は純真だという。言葉による表現方法がまだ分らないから、自分の心の中を目で表しているのだろう。幼さない児は目が綺麗だという。人間は誰でも幼い頃はみんな心の中は綺麗なのだろう。

 人が集まればそこには必ず会話がある。僕は出来るだけ口を開かないようにしていた子だった。小さい頃からそうだった。人の話を聞いていると、自分のことは良く言い、他人のことは悪く言う。自己宣伝、他人批判があまりにも多すぎる。口は禍の元と言う。喋れば喋るだけ不利になるような気がする。それが僕の幼な心だった。今は亡き母からも言われていた「周りの人が悪ければ自分は何もしなくても、みんなからよく見られるよ」と。概ね人は喋りたがるが、実行はしたがらないものだ。そうだとすれば「言わず実行、語らず実績」が一番強い都思ってきた。僕はそうしてきた。井戸端会議、憂さ晴らし、赤提灯のもとでの駄弁り会。旅行、お祭りなどは賑やかで楽しく見えるが、そこはフラストレーション解消の場になっているのでは…。人の悪口や噂話が必ず出てくる。言えば言うほど不利になるのに…。僕はそう思いながら子供の頃から口を閉ざしてきた。「居るのか居ないのか分らない」「あいつが居るのを忘れていた」「あいつは毒にも薬にもならない」とよく言われてきた。時には員数外にされたこともあった。除外されたのではなく、仲間全体が無が意識のうちに結果として僕を無視した形になったのだろう。時々は“温和な子”と評されたようだが、“無口な子”“何を考えているのか分らない子“と思われ続けてきたようだ。

 今の世の中は「何かを言う場」が多すぎる。気を付けなければならないと思っている。「何かを言うと、それだけ不利になる」と今でも思っている。僕はサイレントだ。人並みのことをやれば不利になるというのは世の常なのか。何も言わなければ良くはならないかもしれないが、悪くはならない。僕は口では言わないがよくものを書く。相手に対しては手紙、自分に対しては日記やメモを残す。口で言うことはその場で消えてしまうが、紙に書いておくということは後までそれが残る。自分の書いたことには責任をとらなければならない。いわば世の中に対する契約書、宣誓書だ。一般に人は言いたがるが書きたがらない。僕は逆の方が良いように思う。

 サイレントは自分の宣伝広告ではない。自分の主義というよりも性格だろう。それでは世の中に自分が分ってもらえないとも言われそうだが、僕は自分を分ってもらおうと思ってはいない。喋ることや文章を対外的に発表することは元々好きではなかった。依頼があれば拒否はしないが、僕の本心ではない。モノを書いても出版は依頼しない。講演依頼はあっても不得手なのだ。従って僕は声の大きい人(よく喋る人、自己宣伝をする人)は好ましく思えない。人間は口をきくほどに出来るものではないと思っているから…。世の中は役割分担なので声の大きい人も必要だが、役割を心得ていない人が多いように思う。一般には発言の多くはノイズとなってしまう。有効発言の比率は極めて低い。声の大きい人、行動が活発な人、前に出る人がいつも主役になりやすいが僕はいつも一番後ろで黙り続けてきた。脇役にもなれず、無視され役(無役)でやってきた。

 この僕にみんなが目を向けてくれはじめたということは、やはり亡き母の言っていた通り、周囲との相対的なことから、この僕でも少しは良くみえたということなのか。それだけ世の中が騒がしく、鬱陶しくなってきたということなのか。

 「口が無ければ」

 口を利かなければ周囲に対して自己主張がなく、無視されやすい。それは特定の意見の中に入らなくても済むということでもあり、客観的な立場に立つというが出来ることにもなる。個性がないと言われかもしれないが、自分の偏りを防ぐことが出来て、中立で居られる。従って冷静に判断が出来るので、多くの情報が入ってくる。そのあとで自分なりの行動を決める。それも自分たった一人で。これがサイレント・マイノリティーだ。しかも自分の判断が正しかったか、悪かったかは人のせいにしなくても済む。誰かの主張に従ったり、同調したりすると結果が悪ければ、その人のせいにし、良ければ自分の正しかったことを言いたがるのだ。

 僕はいつもサイレントでいたい。それがニュートラル(中立)を維持し、物事をシスマティツクに判断出来るようにするのだ…と思って行動してきた。

 この思いがその後の情と理(応研感性工学:Emotology)につながっていった。

3.セミナーイベント案内

1)3月10日(木)19:00~21:00 かたづけセミナー

・詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/2/4/24-

2)3月17日(木)19:00~21:00 自己紹介レター作成セミナー

・詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/3/17/4-de

3)3月25日(金)19:00~22:00「ダイナミズム」いい会社作り体験ゲーム

・詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/3/25

4)3月30日(水)19:00~21:30 習慣化のための黄金ルール

・詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/3/30/11


4. 次回予告
次回第30号は2016年3月21日月曜日に発行予定です。

5. 編集後記

 昨日、子供の初節句を行いました。昨年5月に生を受けてからあと2ヶ月で1年が経ちます。日々子供の成長を実感しつつ、親としても成長させて頂いていることに感謝しています。

仲津 定宏



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