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アントレ・ラボ メールマガジン 
( 第14号 ) 2015年7月20日(月)

本メールマガジンは第1・第3月曜日の配信しております。
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< 内容目次 >

1.エッセイ

◆私のキーパーソン

太田 悦雄(太田公認会計士・税理士事務所)

2.定期連載

ボトムからの発想で作られた人脈ネットワーク―昔も今もこれからも―

広沢 曄夫(応用工学研究所 所長)  

1.エッセイ

◆私のキーパーソン

太田 悦雄(太田公認会計士・税理士事務所)

ここまで人生の転機を何度も経験してきました。そこには必ず私の考えを大きく変えるキーパーソンがいました。その中でも、かなり風変わりなキーパーソンをご紹介させていただきます。

私が社会人としてはじめて勤務した個人会計事務所のS先生です。


「公認会計士になったら、大手監査法人に入って大企業の監査をすること」、これが会計士試験を勉強しているときの目標でした。しかし、試験に合格した時、世の中は不況の真っ只中、大手監査法人は新規採用の門を小さく閉ざしていて、何とか転がり込んだのが、S先生の個人会計事務所でした。


そこで、図らずもS先生の仕事、生き方を教わりました。入所して1週間、最初の土曜日S先生に呼び出され、クライアントに行きました。そこで国際的な税務問題をまるごと振られました。日本の税務も全く分からず、名刺交換すらまともにできない私が、イギリスへ行って、税務問題を解決することになったのです。「こんな自分に任せて、S先生はなんで平気なんだろう?」


また、S先生の仕事は「飲む」ことでした(笑)。飲んだ次の日は昼から出社。事務所にいることは稀で、どこで何をしているかさっぱり分かりませんでした。「せっかく会計士になったんだから、9時~5時で出社することはない」と言われ、完全なフリータイム出勤でした。


当時色んなことが理解できなかったのですが、そんな環境が自分に合っていて、自由に仕事をさせてもらえました。


この型破りなS先生は、会計士というより、営業マン、経営者でした。そのため、私は仕事について、すべて自分で考えてやり通しました。人の何倍も働いて成長することを学びました。


営業や経営についても、S先生から多くのことを盗ませてもらいました。

この経験がなければ、独立開業という発想も出てこなかったかもしれません。
このように、私が勝手にキーパーソンとしている人が何人もいますが、これからも新たなキーパーソンに出会っていくことが楽しみです!


太田さんの詳しいHPは以下にございます。ぜひご覧ください。
http://www.integrity-cst.com/

2.定期連載

ボトムからの発想で作られた人脈ネットワーク―昔も今もこれからも―
広沢 曄夫(応用工学研究所 所長)

既に退官して過去の人になったロケット博士として一世を風靡した元東大教授糸川英夫先生には東大生産技術研究所、同宇宙航空研究所、組織工学研究所を通して25年間の長期にわたって従事してきた。


自分の人生はこのスーパースター糸川先生の影響なしには考えられない。糸川先生は時の総理大臣(佐藤栄作氏)をはじめ大蔵大臣、文部大臣など政府のトップから学会、産業界、民間企業、海外の要人に至るまで時代のトップ層との交流活動の主体となっていた。


糸川先生の周囲の人達は糸川先生に一目どころか三歩下がって師の陰をも踏まずだった。その全ての言動に逆らうことなど到底考えられなかった。然し糸川先生にも手を出さない分野があった。それが社会のトップ層とは全く逆の社会のボトム層だった。糸川先生の言葉の中に「人のやらないこと、考えないことをやってみるのが創造性の発揮に繋がる」これがその後の自分の人生を決めることになったのは皮肉と言うべきか。

 25年間常に糸川先生のそばに身を置かせて頂き、糸川先生と別れて独立したのが応用工学研究所(通称応研)。ここで新たに自分の身を置いたのが糸川先生のメジャーに対してマイナーというよりボトム層の人達の世界。

寝たきり老人、身体障害者、個人・零細企業のおやじさんやその家族の人達、新宿西口広場で生活する宿無しの人達などのなかへ入り込み心境調査を行ってきた。その結果が社会で大きく評価されたようで、これらに関する諸団体や中央省庁、地方自治体、からお声掛かりが深まっていき、全国を飛び回る多忙さになっていった。

「ボトムの人達の心境をどう捉えていくか」というテーマが自分の歩む道を決める大きな原因となった。

今では当然と思われるだろうが、当時としては自分が身をもって体験したオリジナル発想であったと思っている。

その影響で日本を代表する大企業経営者との交流も増大していくことになり、金融機関では大手都市銀行の相談役・顧問、実業界では大手小売・流通業の研究所所長をはじめそのグループ各社の役員・顧問就任などに乞われるようになっていった。

北は北海道の北の果てから南は沖縄の島々まで知人・友人の仲間が存在するようになり、これらの方々との“人間関係が私の大きな財産”となった。然し生(ライブ)の人間関係はそれを体感してきた人だけが使用できるもので、他人には残念ながら移転できないという匠(マエストロ)的のものであると実感している。(平成27年7月12日 mixi日記「記憶は生もの、記録は加工品」参照。当時は噂が噂を呼び噂の大切さをしみじみと感じていた頃でもあった。

 私も年齢83歳になった。体は年齢と共に劣化していくのは当然だろうが、体の劣化と心の衰えは別だと考えている。思考・判断の衰えはまだ生じていないと信じ、これからも自分の人生を自分なりに強く生きていくつもりでいる。現役から身を引いたあとも全国に散らばる友人、知人と交流できるのもSNSなどのIT技術のおかげだと思っている。

IT技術の発展は全てのものをクラウド検索し、無料で手にすることが出来るようになるだろう。既にそのような時代になりつつあるようだ。10年先、20年先、30年先の世の中はどうなっているだろうか。

人脈ネットワークの大切さは“昔も今もこれからも”

3.セミナーイベント案内

◆今後の勉強会のご案内

3.セミナーイベント案内

◆今後の勉強会のご案内

1)7月24日(金)15:00~17:00  自己カクシン講座体験会(昼の部)

・詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2015/7/24/2

2) 7月24日(金)19:00~21:00  自己カクシン講座体験会(夜の部)
・詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2015/7/24/2-1


4. 次回予告
次回第15号は8月3日月曜日に発行予定です。

5. 編集後記

7月にちなみ、「七」の四字熟語を調べてみると、「七難七福」という言葉ありました。これは「七つの災難がすぐに消え、そして、七つの福徳がすぐに生まれる」という意味だそうです。災難には天災や人災などがありますが、「七福」とは特に明記されたものはなく、自分の心の在り様だそうです。大変なことがあっても落胆しているだけでなく、自分の気持ちを切り替えて前に進む。そんなことが必要かもしれないですね。
 

仲津 定宏



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